コンクリートの「許容応力度」は、無筋コンクリートや鉄筋コンクリートの構造計算に用いられる設計値で、構造体が過度な応力によって損傷しないようにするための基準です。これは、構造物にかかる自重(死荷重)や車両などの外力(活荷重)によって生じる応力度が、コンクリートの許容値を超えないように設計する「許容応力度法」に基づいて設定されています。これからは「部分係数法」が主流になると思われますが、今回は、これまで主流でありこれからもしばらく頑張っていく「許容応力度」について、もう少し詳しく掘り下げてみましょう。
目次 閉じる
許容応力度法の歴史について
許容応力度についても他の記事同様に歴史から話したいと思います。
1886 年(明治19年)、内務省訓令第13号として制定された道路築造標準は、我が国に おける初めての道路構造に関する基準ですが、その第29条で橋梁の設計荷重が規定されましたが、許容応力度や構造細目に関する規定はありません。
ここで、大正15年(昭和元年)の「道路構造に関する細則」では鉄筋の許容応力度は1,200kg/cm2と定められています。土木系ではこれが最初ではないかと思います。しかし、コンクリートの許容応力度については定められていません。ただし、「混凝土ノ調合割合ハ容積ニ依り「セメント」ハ1,500キログラムヲ以て1立方メートルトス」と記載があります。この頃は強度規定ではなくセメント量規定のようです。ここで少し注目するとセメント量が1,500kg/m3というのは現在の配合は24N/㎜2のコンクリートで350kg/m3程度ですから、かなり多く配合されていたということになります。
そしてすぐ5年後の昭和6年「鉄筋コンクリート標準示方書(土木学会)」によってコンクリートも許容応力度が定められました。私の調べではこれが最初だと思います。
許容応力度の設定について
次に各許容応力度がどのように設定されてきたのかを解説します。
無筋コンクリート
(1)許容圧縮応力度
原形:昭和24年
昭和24年コンクリート標準示方書
⇒現在へ
平成21年道路土工擁壁工指針
考え方:
「許容圧縮応力度に対する安全率4は、従来の実験経過や、各国の標準示方書を参照し、十分安全な値として選んだもの」とされている。「出典:昭和24年コンクリート標準示方書」
(2)許容曲げ引張応力度
原形:昭和24年
昭和24年コンクリート標準示方書
⇒現在へ
平成21年道路土工擁壁工指針
考え方:
「許容曲げ引張強度は従来、許容圧縮応力度の1/10とされていたが、曲げ引張強度は一般に引張強度の約1.5倍であることから許容曲げ引張応力度は1.5/10≒1/7」とされている。「出典:昭和24年コンクリート標準示方書」
(3)許容支圧応力度
原形:昭和24年
昭和24年コンクリート標準示方書
⇒現在へ
平成21年道路土工擁壁工指針
考え方:
「軸方圧縮応力度の場合よりも、いく分安全率を減らしても良い。それで許容圧縮応力度に対する安全率4のかわりに3.5を用いる」とされている。「出典:昭和24年コンクリート標準示方書」
S42コンクリート標準示方書等ではとくに解説が見当たらないが、1/3.5は0.3に近い値ではある。
鉄筋コンクリート
(1)許容軸圧縮応力度
原形(調査中)
平成6年コンクリート道路橋設計便覧
平成8年道路橋示方書Ⅲコンクリート橋編
など
⇒現在へ
σck(N/㎜2) | σca(N/㎜2) |
21 | 5.5 |
24 | 6.5 |
27 | 7.5 |
30 | 8.5 |
40 | 11.0 |
平成21年道路土工擁壁工指針
強度ごとに計算して表示
考え方:
許容軸圧縮応力度は設計基準強度の85%の1/3としている。これは大きな曲げ圧縮応力度は部材の中央、端部など特定の位置に生じるが、軸圧縮応力度は部材全長にわたって一様に生じることを考慮したことによっている。
「出典:平成6年コンクリート道路橋設計便覧」
「平成21年道路土工擁壁工指針」も同様の85%の1/3と記載。
(2)許容曲げ圧縮応力度
原形:昭和6年
昭和6年コンクリート標準示方書
⇒現在へ
σck(N/㎜2) | σca(N/㎜2) |
21 | 7.0 |
24 | 8.0 |
27 | 9.0 |
30 | 10.0 |
40 | 14.0 |
平成21年道路土工擁壁工指針
強度ごとに計算して表示
考え方:
桁における試験の結果によると、コンクリートが曲げ圧縮応力度に対する強度は、コンクリートが正立方体として有する圧縮強度まで十分達しえるものである。コンクリートの圧縮強度を試験するために用いる日本の標準供試体は直径の2倍の高さを有する円柱である。この円柱供試体を用いる時のコンクリートの圧縮強度は、立方供試体を用いるときの同一コンクリートの圧縮強度の約80%である。ゆえに桁においては日本の標準供試体で試験されたコンクリートの圧縮強度の約125%の圧縮強度を発揮しうる訳である。よってコンクリートの弾性限度に対する安全率を2にとれば円柱供試体で示される圧縮強度の50/2×1.25=31%まで利用しうる訳である。それでσ28の1/3を許容曲げ圧縮応力度に選べば十分安全である。
なお、桁において曲げによって生じる応力がコンクリートの設計基準強度に近い状態においてはコンクリートの弾性係数が一定であるという仮定が甚だ事実にあたらぬものとなる。実験の結果によると、コンクリートの弾性係数を常数かつ維の変形は中立軸よりの距離に比例すると仮定する本示方書の応力計算法でもとめた曲げ圧縮応力は実際に起こっている値の最大140%位も大きく出る。ゆえに安全率2をとって許容曲げ圧縮応力を定めれば、桁がコンクリートの圧挫によりて破壊することに対しては1.4×2×1.25=3.5位の安全率を有することになるのである。「出典:昭和6年コンクリート標準示方書」
「道路土工擁壁工指針」でも従来通り設計基準強度の1/3と記載。
(3)許容せん断応力度
昭和6年コンクリート標準示方書
許容せん断応力も許容軸圧縮応力および許容曲げ圧縮応力の場合のごとくにσ28の分数として与える事ができれば非常に都合がよいのであるが、以上に述べたごとくこのせん断応力は斜め引張応力を測る手段として用いられるものであって、これはコンクリートの圧縮強度のみならずコンクリートの引張強度、桁の引張主鉄筋における引張応力、引張鉄筋端の定着の程度、複鉄筋の有無等によって異なるもので、単にσ28の分数として定めるべき適当な安全率がよくわかっていない。それで許容せん断応力度は圧縮強度の分数とせずに、単に実験の結果から十分安全であると考えられる数値を直接指定したのである。(中略)ドイツの標準示方書には許容せん断応力を普通のポルトランドセメントを使用する場合に4kg/cm2、高級セメントを使用する場合に5.5kg/cm2とすべきことが規定してある。現今日本で製造されている一流のセメントはドイツの高級セメントに近いものと考えられるから、4.5kg/cm2もって許容せん断応力度とさだめたのである。「出典:昭和6年コンクリート標準示方書」
昭和24年には「ずれ応力度」と呼ばれています。
昭和31年コンクリート標準示方書
120以上 140未満 | 140以上 160未満 | 160以上 180未満 | 180以上 200未満 | 200以上 240未満 | 240以上 | ||
コンクリートだけで斜め引張応力をうけさせる場合 | はりの場合 | 4.5 | 5 | 5.5 | 6 | 6.5 | 7 |
版の場合 | 6 | 7 | 8 | 8.5 | 8.5 | 9.5 | |
斜引張鉄筋を無視して計算した場合 | 14 | 15 | 16 | 17 | 17 | 20 |
(単位:kg/cm2)
考え方:コンクリートの斜引張応力度や付着強度は圧縮強度に正比例しないので、コンクリートの強度に応じた許容応力度を与えたのである。この許容応力度の値は実験結果や各国の規定を参照して定めたものである。「出典:昭和31年コンクリート標準示方書 構造性能照査編も同様の記述」
昭和49年コンクリート標準示方書
180 | 240 | 300 | 400 | ||
斜引張鉄筋の計算をしない場合τa1 | はりの場合 | 6 | 7 | 8 | 9 |
スラブの場合 | 8 | 9 | 10 | 11 | |
斜引張鉄筋の計算をする場合τa2 | せん断力のみの 場合* | 17 | 20 | 22 | 24 |
(単位:kg/cm2)
考え方:複鉄筋のないはりにおいて斜めひび割れが発生するときのせん断応力度の値はコンクリートの強度のほか、曲げモーメントとせん断力との比、部材の断面の形状寸法、引張鉄筋量等に関係する。実験によれば、複鉄筋は斜めひび割れの発生する荷重に対しては影響が少ない。また複鉄筋を配置すればはりのせん断破壊強度は増加するが、ある程度以上多く配置してもせん断破壊強度はある限度以上は増加しない。ここに定めた許容せん断応力度は斜めひび割れの出るのを避けること、斜めひび割れがでてもその幅が有害な大きさとならない範囲におさえること、およびせん断破壊に対して十分安全であることを考えて実験結果と実際的考慮に基づき、従来の実績を尊重して定めたものである。ねじりを伴う場合の許容せん断応力は、実験結果その他を参考として、コンクリートの強度、構造物の種類に応じてこれを定めるのが良い。「出典:昭和49年コンクリート標準示方書」「2002年制定コンクリート標準示方書 構造性能照査編も同様の記述」
道路土工擁壁工指針
21 | 24 | 27 | 30 | 40 | ||
せん断応力度 | コンクリートのみでせん断力を負担する場合(τa1) | 0.22 | 0.23 | 0.24 | 0.25 | 0.27 |
斜引張鉄筋と共同して負担する場合(τa2) | 0.16 | 1.7 | 1.8 | 1.9 | 2.4 | |
押抜きせん断応力度(τa3) | 0.85 | 0.90 | 0.95 | 1.00 | 1.20 |
(単位:N/㎜2)
せん断応力度は直径51㎜以下の鉄筋に対して適用する。「出典:平成21年道路土工擁壁工指針」
コンクリートのみでせん断力を負担する場合の許容せん断応力度τa1は次の影響を考慮して補正を行う。
①部材断面の有効高dの影響
②軸方向鉄筋比p1の影響
③軸方向圧縮力の影響(一般に擁壁の部材に作用する軸方向力は小さいと考えられるので、この影響は無視してよい、ただし、場所打杭のように軸方向力の影響が大きい場合は考慮するものとする。)
(4)許容付着応力度
昭和31年コンクリート標準示方書
120以上 140未満 | 140以上 160未満 | 160以上 180未満 | 180以上 200未満 | 200以上 240未満 | 240以上 | |
丸鋼 | 5 | 5.5 | 6 | 6.5 | 7 | 8 |
異形丸鋼 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 16 |
(単位:kg/cm2)
考え方:「コンクリートの斜引張応力度や付着強度は圧縮強度に正比例しないので、コンクリートの強度に応じた許容応力度を与えたのである。この許容応力度の値は実験結果や各国の規定を参照して定めたものである。」とされている。「出典:昭和31年コンクリート標準示方書」
昭和49年コンクリート標準示方書
180 | 240 | 300 | 400以上 | |
普通丸鋼 | 7 | 8 | 9 | 10 |
異形鉄筋 | 14 | 16 | 18 | 20 |
(単位:kg/cm2)
ただし、直径32㎜を越える鉄筋については責任技術者の指示に従うものとする。
考え方:「鉄筋とコンクリートの付着強度は、コンクリートの強度、鉄筋の表面形状のほか部材における鉄筋の位置および方向などによって異なり、また、鉄筋の径によっても差があることが認められている。また、鉄筋の定着または継ぎ手における付着と、曲げ部材におけるせん断力による鉄筋の付着とは性質が同じではない。このため許容応力度は各国の規定で異なっており、上部鉄筋と下部鉄筋、鉄筋端の定着と曲げ部材における付着、鉄筋の径等で区別して定めているものもあるが、鉄筋とコンクリートの付着については、明らかでない点も多いので、実績を尊重し、従来の規定にならって許容応力度を定めた。なお、直径32㎜をこえる鉄筋については許容応力度を小さくとるのが安全である。」「出典:昭和49年コンクリート標準示方書」「2002年制定コンクリート標準示方書[構造性能照査編]についても同様の記述(32㎜の制限の記載は無し)」
平成21年道路土工擁壁工指針
21 | 24 | 27 | 30 | 40 | |
異形棒鋼 | 1.4 | 1.6 | 1.7 | 1.8 | 2.0 |
(単位:N/㎜2)
許容付着応力度は直径51㎜以下の鉄筋に対して適用する。「出典:平成21年道路土工擁壁工指針」
(5)許容支圧応力度
原形:昭和42年
σca
≤
(0.25 + 0.05
ただし、σca ≤ 0.5 σck
昭和42年コンクリート標準示方書
⇒現在へ
σba
≤
(0.25 + 0.05
ただし、σba ≤ 0.5 σck
道路土工擁壁工指針
考え方:支承の表面積Aが支圧を受ける面積A’より大きい場合の割り増しは、従来の規定と大差ない値を与えるような簡単な式で定めたものである。なお、AとA’の図心は一致し、A’が多数あるときは、おのおののAは重複してはならない。また、支圧面の付近は適当に配筋されていなければならない。支圧を受ける部分が十分補強されている場合には、許容支圧応力度をさらに高めても差し支えないと思われるので、試験によって安全率が3以上となる範囲内で許容支圧応力度を高めても良いことにした。「出典:昭和42年コンクリート標準示方書」「2002年制定コンクリート標準示方書[構造性能照査編]」も同様の記載。
まとめ
許容応力度はどのようにして設定されていたかを解説しました。現在使われている土木系で許容応力度法が使われている基準の代表例として「平成21年道路土工擁壁工指針」とその流れの元となっている過去のコンクリート標準示方書の解説がどのようになっているのかを調べてまとめたというものです。過去の文献では定められた当初なので詳細にその決定の経緯の記載がありますが、現在ではそれが当たり前になり「従来どおり」として説明され詳細な説明がないと思います。
「許容せん断応力度」はかなり紆余曲折していたことがよく分かります。その名称の変化や数値の変化、補正が生じたりとかなり研究されてきたと思います。
今後、限界状態設計法、部分係数法が主流になっても、このような考え方を知っておくことは重要ではないかと考えます。